今回の夜稿百話は第90回記念ということでイランの超有名な叙事詩、フィルドゥスィーの畢生の大作『王書 (シャー・ナーメ) 』をお送りしています。「戦闘と饗宴の一大絵巻」、「廻る天輪に翻弄される大ロマンス」、ちょっと過大広告か ? イエイエ、そのようなことは決してありません。それは古事記に似て太古の神話に胸まで浸かり、平家物語の躍動に胸躍らせるが如く、諸行無常の悲哀に沈潜する。この物語を支配するのは善悪二元論だけではありません。
若し、疾風が片隅よりまきおこり
まだ熟さぬ蜜柑を地に落としたら
それを暴威と呼ぼうか、それとも正当
もし死が正当なら、不当とは何か
正当に泣きわめくのはなにゆえか
そなたの魂はこの神秘を識らない
この帳の彼方に通ずる道はない
だれもみな貧欲な扉 (死) にたどり着き
貧欲な扉はだれにも再び開かれない
だが、逝 (ゆ) けば良い場所があるだろう
あの世にて永遠の憩いが得られよう
死神がもしだれも連れ去らぬなら
この世は老若で溢れ、窒息しよう
もし火が炎をあげて燃えるとしても
燃えるのになんの不思議があろう
‥‥
フィルドゥスィー『王書 (シャー・ナーメ) 』
ソホラーブの巻より 黒柳恒男 訳
今回の『王書 (シャー・ナーメ) 』part2 はザールの子ロスタムの武勇伝〈七道程〉と父を探し求めながら戦わざるを得なかったロスタムの子ソホラーブの悲劇をご紹介します。
ロスタムの誕生からカイ・クバートとの邂逅まで

ロスタムの誕生 細密写本 部分 16世紀
下左端が父王ザール、右端には緋色の服を着て横たわる
ルーダーベの脇腹から取り出されるロスタム
ザールはスィームルグからもらった羽を香炉にかざして少し燃やすと、辺りは急に暗くなり母なる鳥が降りてきた。母鳥は、生まれる子が怒れば戦う獅子となり、如何なる勇者も鋼の戦士も心から震え、象の力と思慮・叡智を持ち、指で煉瓦を二哩をも投げる名高い者となるだろうと述べ、神の御意志よって母ルーダーベに普通の分娩はなされない、酒に酔わせ魔法をかけて短刀によって脇腹から獅子の子を出させ、裂いた場所を縫い合わせ薬草と乳と麝香を傷口に塗れば、苦痛なく彼女はすぐさま蘇ると語るのである。こうして、さながら獅子のように丈高く、見た目に美しい赤子が生まれ、ロスタムと名付けられた。
ロスタムは乳離れすると五人前の食事を平らげて食事係は疲れ果てさせ、その背丈は八尺にも及ぶようになる。背丈、容姿、叡智、思慮において祖父サームと見まがうばかりだった。ある日、成長したロスタムは酒に酔い、眠りに就いた。すると「ザールの白象が逃げて人びとに傷を負わせた」という叫びに目覚める。祖父の鎚矛を手に取ると門まで急いだが門番に遮られる。ロスタムは門番の頭と顎を打つとその頭はまるで球のようにほかの者の方へ転がった。そして、象の頭上を鎚矛で一撃すると山の巨体は屈みこみ、みじめに倒れた。

象を倒すロスタム 細密写本 19~20世紀
息子の実力を見定めた父ザールはロスタムの曽祖父であるナリーマーンの仇をとるために塩商人の姿にさせスィパンド山の砦への攻略に行かせた。大地はさながら数多の格闘と血の波で輝く紅玉のように輝いた。敵を全て一掃して高い塔に詰まった金貨を戦利品として帰国する。
イランのマヌーチヒル王は崩御しナウザル王が即位する。敵国トゥラーンの王パシャングは息子のアフラースィヤーブにイランを攻めさせナウザル王は捕虜となり殺された。後継者ザヴ王の5年の統治の後、ガルシャープスが跡を継いだが、またしても亡くなると敵のアフラースィヤーブは好機とみてイランに攻め入った。

ラクシュを捕まえるロスタム 細密写本 部分 16世紀
この世に王が存在しないことに国は動揺した。ザールは貴族たちに対してロスタムにファリドゥーン王の血統であるカイ・クバートを迎えさせトゥラーン軍を迎え撃たせると述べた。象のような巨体をした馬を捜して乗馬するようにロスタムに指示した。彼の所には各地の馬が集められたが、彼が背を手で押さえつけると馬の背は曲がり地べたにはいつくばってしまう。その中に斑色をし、象の力とラクダの背丈を持ち、獅子のような気力を持つ母馬と同じ大きさの子馬が現れる。子馬に輪なわをかけ、噛みつこうとする母馬を追い払って、その馬にまたがった。その馬の名はラクシュといった。
エルブルズ山へ向かう途中でカイ・クバートに出会い、王座に迎えると、ロスタムはトゥラーンの前哨隊に突っ込み、相手の将クルーンから槍を奪いとると全軍の前で彼を焼き串の鳥のように空に突き立てて見せた。それを見た敵は一斉に敗走する。こうしてカイ・クバートが即位し、カヤーニー朝が始まった。そのクバートは四人の王子を残して百年の治世を終え、長子カイ・カーウースが即位し、150年の統治が始まる。
ロスタムの七道程 (ハーン)
カーウース王のもとに吟遊詩人に化けた悪鬼がやって来て竪琴の調べにのせてマーザンダラーン国への興味を掻き立て、王はその国の征服を決意する。諸将たちはシャムシード王が王冠と指輪で悪鬼、鳥、妖精さえ命に服させたがマーザンダラーンについては決して語らず、その悪鬼どもに戦いを挑まなかったことを語り、カーウース王の決断に怖気をふるった。ザールも言葉を尽くして諫めたが、ついに王は聞き入れなかった。
カーウース王とその軍勢は、天国さながらのマーザンダラーンに着くと都市を略奪し、焼き払い、財と家畜を奪った。マーザンダラーンの王は白鬼に助けを求めると、イラン軍の夜の陣営には瀝青 (タール) のような雲が広がり、空から石や煉瓦が降りしきると多くの兵士はイランに逃げ帰り、日中が近づくと王も軍の大半も盲目となって捕らえられてしまう。白鬼は怒声を荒げて、このように語った。
おお、柳のように実を結ばぬ王よ
お前はあらゆる優位に立って
マーザンダンラーンの牧地を狙おうとした
自分の力を酔象のように思い
だれとも手を結ぼうとせず
王座の上の王座に満足せず
英知をこのように欺いて
マーザンダンラーンで多くを捕虜にし
重い鎚矛で多くの者を殺害した
お前はわが働きを知らなかったのか
帝王の座で高慢になっていたとは
いまお前は求めてきた願望に
ふさわしい結果を手に入れた
フィルドゥスィー『王書 (シャー・ナーメ) 』
ロスタムの巻より 黒柳恒男 訳
ロスタムはカーウース王とイラン軍兵士の救出に向かうこととなる。それはロスタムの七道程として知られている。
●第一道程
マーザンダラーンに向けて二日の行程を一日で進んだが、恐怖の扉を安全な場と思い、ロスタムはある牧地で野営したが、そこは獅子の棲息地であった。馬を斃せば騎士は容易に手に入ると獅子は思いラクシュに近づいたが、ラクシュは火のように激怒し、獅子は頭を蹴られ、背中に嚙みつかれて引きちぎられた。ロスタムは、ラクシュに向かってお前が倒れたら俺はどうやってマーザンダンラーンまで行くのだとぼやいて、また眠ってしまった。
●第二道程
ロスタムは火の上を歩くが如く灼熱の砂漠をさ迷った。馬から降りると酔ったようによろめき歩き、舌は渇ききって、ついに熱砂に倒れた。その時、一頭の雌羊が前を通りかかり、その後を必死で追うと泉を発見する。泉の周囲に羊の足跡はなくロスタムは神のみ使いに感謝する。
●第三道程
荒野に一頭の龍がいたが、悪鬼さえ恐れるこの場所に馬がいることに不審に思った龍がラクシュに近づくと、ロスタムに向かって駆け、大地を蹴り、雷のように嘶き、ロスタムを目覚めさせた。しかし、龍の姿はなく、見えるのは夜の暗闇だけだった。三度目には今度起こしたら一人でマーザンダンラーンに向かうとムカッ腹を立てたロスタムだったが、龍はついに現れる。ラクシュは龍の肩に噛みつき、ロスタムは龍の首を刎ねた。

龍の首を刎ねるロスタム 細密写本 部分 16世紀
●第四道程
雉の目のような泉に遭遇すると魔物たちの用意した酒や羊肉、パン、それにギターが置いてある。ロスタムがギターを奏でて歌うと醜いながらも魔女が飾り立て色香を漂わせながらロスタムの隣に座った。しかし、彼が神の愛を讃えると顔色を曇らせた。それを見たロスタムは魔女の胴を二つに分けた。
●第五道程
闇の世界を通過すると美しい穀物畑に着いた。ラクシュに穀物を食べさせ自分は草を褥にする。畑の主であり王であるウーラードが棍棒を片手に何故馬を畑に放ったのかと怒鳴っている。ロスタムは忽ち彼の家来を斃し、王を輪縄で縛り上げた。そして、彼をマーザンダラーンと白鬼の棲み処へ案内させた。
●第六道程
マーザンダラーンの城門に着くと、そこを守護する悪鬼アルザングとの勝負に挑み、悪鬼の頸、耳、頭を掴むと獅子のように頭と胴を引き裂いて血まみれの首を敵勢に投げつけた。カーウース王と味方の将を解き放つと七つの山を越えて白鬼の棲み処へとラクシュを進めた。
●第七道程
七つの山を越えると悪鬼が群がる底知れない洞窟へと達した。ロスタムは〈鰐〉と呼ばれる剣を抜き白鬼のもとへと向かった。
彼は暗い洞窟の中を捜しまわると
暗闇の中に、山のような姿を見た
洞窟はそのためまったく見えなかった
顔色は黒く、髪はまるで獅子の鬣 (たてがみ)
その背丈と幅で世が埋まる
洞窟で眠っているのを見たが
ロスタムは殺すのを急がなかった
彼が豹のような大音声をあげると
白鬼は目を醒まし、闘いにそなえ
まるで黒い山のように、鉄の腕甲、
鉄の兜をつけ、ロスタムに向かってきた
石臼をつかんで、煙のように
ロスタムに近づいてきた
勇者の心は恐怖に満ち
「もはやこれまでか」と恐れたが
猛る獅子のように激昂し
腰をめざして鋭い剣を撃ちおろすと
ロスタムの力で、相手の巨体から
片手、片足が切りおとされた
‥‥
フィルドゥスィー『王書 (シャー・ナーメ) 』
ロスタムの巻より 黒柳恒男 訳

白鬼を倒すロスタム 細密写本 部分 16世紀
かくして、ロスタムの七道程は終わりカーウース王はマーザンダラーンの王座に就いた。
ソホラーブとロスタム 父子の相克
本稿の冒頭の詩が、ロスタムの巻の最初に掲げられている。それは悲劇の予告であった。ある日、ロスタムは敵国トゥラーンとの国境近くの狩場で眠っているとトゥーランの兵士たちがラクシュに輪縄をかける。二人は蹴られ、一人は頭を噛みちぎられるも、とうとうラクシュは捕らえた。馬を失ったロスタムはサマンガーンの町に着くと、その地の王に歓待された。その夜、ロスタムの臥所に龍涎香の灯を手にした奴隷の後から月の美女タハミーネが現れ、慎みは情熱に負け、あなたの胤を望んでおり、叶うならラクシュを探し出しましょうと語る。婚礼の儀が整い床入りの後、ロスタムはラクシュと共に故国に戻った。
九ヶ月の後、タハミーネは輝く月のような男の子ソホラーブを生んだ。三歳にして武器をとり、五歳にして獅子の心をもち、十歳にして誰も彼に立ち向かおうとはしなくなる。ある日、彼は父の事を母タハミーネに問いただした。母はロスタムについて語り、彼の敵であるアフラースィヤーブにこのことを知られてはならないと諭すのだった。しかし、天輪は廻り始める。ソホラーブはラクシュの血を引く子馬を手に入れ、敵国イラン人と戦う装備を整え始めた。

ソホラーブと女戦士グルド・アーフリードとの戦い
細密写本 部分 年代未詳
イランのカーウース王に戦いを挑もうとするソホラーブにアフラースィヤーブは、ほくそ笑んだ。ロスタムが子のソホラーブと戦場で向かい合えば、きっと困り果てよう。そして、彼のもとへ援軍を差し向けるのだった。イランにある白城の砦で勇士ハジールと花咲き乱れる美女であり女戦士のグルド・アーフリードとソホラーブは戦い、ハジールは捕らえられ、グルド・アーフリードは女と分かって命を助けられるが、彼女は砦の者たちと坑道を抜けて逃げのびた。
カーウース王はザーブリスターンにいるロスタムに書面を送り、それを読んだ彼はトゥーラン人からそのような勇士が現れるとは信じがたいと思う。そしてサマンガーンの王女との間に生まれた子のことを思い出す。ロスタムはカーウース王の即刻出仕の命を軽んじたために短慮の王の怒りを買った。縛り首にせよと命が下されたが、王にあきれ果てていたロスタムは立ち去ってしまう。部下にたしなめられた王はロスタムと和解し共にトゥラーン討伐に向かった。
ロスタムはソホラーブの陣営に忍び込み敵情を視察したが、ソホラーブの叔父であるジャンデ・ラムズに見咎められ彼を殺して逃走した。一方ソホラーブは敵陣を眺めながら捕虜にしたハジールに敵将の名を一人ずつ尋ねたが、ハジールはロスタムのことを隠しとおした。
ソホラーブはカーウース王の陣に進み、ロスタムが迎え撃ち、二人だけの戦いとなった。ロスタムは若い敵をイランでも匹敵する者はないと称え、ソホラーブは、もしやとロスタムに名を尋ねたが、彼は答えずソホラーブの望みは絶たれた。
‥‥
この二人に愛の心は動かず
英知は遠のき、愛は顔さえ見せなかった
海の魚であれ、荒野の野驢馬であれ
動物は我が子を識るものだ
人間は闘いと欲望のため
わが子と敵の見分けさえできない
‥‥
フィルドゥスィー『王書 (シャー・ナーメ) 』
ソホラーブの巻より 黒柳恒男 訳
二人は激しく打ち合ったが、共に苦境に陥り、心と魂は恐れに屈した。二人は顔を背け、互いの敵陣へと進み敵兵をなぎ倒した。ロスタムはカーウース王に危害が及ぶことを恐れてソホラーブにむかって明日の戦いを約して別れるのだった。
翌朝、ロスタムに向かい合ったソホラーブは彼に親し気に話しかけ共に馬を降りて酒で陰気な顔を晴らし、神の御前で和を結びましょう。その名を明かしてくださいと頼むのだった。しかし、ロスタムは頑なに拒んだ。二人は互いに死力をつくし、とうとうソホラーブはロスタムの腰帯を掴んで大地を引き裂くように引っ張ると怒りと恨みを込めて大地に投げつけた。ロスタムの胸に跨り短刀を抜いて頸を刎ねようとした刹那、ロスタムは奇計を用いて格闘する優れた者は例え一度相手を組み伏せても再びねじ伏せてから首を刎ねるのが習いだと咄嗟に語った。若者はその言葉を受け入れた。それは一つに勇気、一つに運命、もう一つに寛容のためだった。ロスタムを放して荒野に向かっていると味方の将からそのような未熟を責められるのだった。

ロスタムに語るソホラーブ
細密写本 部分 17世紀
再び相まみえ、遂に雌雄を決する時が来た。二人は互いに腰帯をつかみ格闘を始めロスタムはソホラーブの頭と肩を掴み勇者の背を捻じ曲げると、ソホラーブの最後の時が来て力が抜けた。ロスタムは腰から鋭い短剣を抜くと勇敢な息子の胸に突き刺した。ソホラーブはロスタムにこう語った。
これはみずから蒔いた種子
運命がそなたに私の鍵を渡した
そなたに罪はない、この湾曲の大空が
わたしを育て、早く殺した
人びとはわたしの年と、この頸が
地面についたのを嘲笑しよう
母は父の目印を教えてくれた
愛ゆえにわが魂は去って行く
顔を見たくて探し求めたが
希望を抱いたまま死んでゆく
ああ、わが苦労はみのらず
まだ父の顔を見ていない
‥‥
フィルドゥスィー『王書 (シャー・ナーメ) 』
ソホラーブの巻より 黒柳恒男 訳
ソホラーブは「幾たびかあなたの名を尋ねたが、あなたの愛は少しも動かなかった」と虫の息でロスタムに語り、この胴衣をほどいて母から与えられた父の印璽を見るように頼んだ。そして、こう述べた。「ご自分を危 (あや) めて何になりましょう、起こるべきことが起こったのです。」若武者を手にかけた熊谷次郎直実の悔恨さえ哀れであるのに、まして実の息子を手にかけたとなればロスタムの心はいかばかりだったろうか。ソホラーブの母タハミーネは息子の死を嘆き悲しみ、一年をして遂に息を引き取った。


岡田恵美子編訳『ペルシアの四つの物語』
●フィルドゥスィー『王書 ―― サームの子ザールの誕生』
●ニザーミー『ホスローとシーリーン』
●ニザーミー『ライラとマジュヌーン』
●ニザーミー『七王妃物語』
収載
今回は、ニザーミ―の『七王妃物語』を要約してご紹介する。原題は『ハフトペイカル/七つの像』で、サーサーン朝の諸王の中でも傑出した王であるバハラーム・グール (在位420-438) を描く。
罪人王と呼ばれたサーサーン朝ペルシアの王ヤズダギルド (在位399-420) は横暴の報いとして泉から躍り出た龍のような白馬に額を蹴られて身罷った。一方、その子のバハラームはペルシアに臣従するイェーメンのヌーマーン王のもとで我が子のように育てられ慈愛の王となっていった。狩場で弓を引けば、矢は獅子を射抜いて大地に矢羽根まで没するほどの腕前でグール (野生のロバ) という異名で呼ばれた。
王子がイェーメンで育ったハヴァルナク宮殿はスィムナールという優れた建築家に建てられていて内部は天国のように飾られ磨き上げられた屋根は一昼夜に三度色を変えた。喜んだ王は建築家に過分の報償を与えたが、それとわかっていたらもっと壮麗な宮殿を作りましたものをと建築家がうそぶくと、イェーメン王ヌーマーンはそれを聞いて、これにまさる宮殿を建てられては心外と建築家の命を絶った。
バハラームはその宮殿で王としての嗜み、外国語、幾何学、占星術、武芸、弁論などの帝王学を授けられた。ある日、荒野に出て狩りをしていると石榴色のヴェール被ったような美しい野生のロバが現れ、後を追うと洞窟の入り口に龍が眠っている。目覚めると火を吐いて獲物を飲み込もうとした。バハラームは矢を放って龍の二つの目を射て、その首を刎ね、胴を裂くと野生ロバの子が出てきた。図らずして子ロバの仇を討ったことになり、親ロバは洞窟の中の金銀財宝へと導いてくれた。それらをイェーメンの王や王子、宮廷の人々に分かち与えた。

龍の目を射るバハラーム 細密写本 部分
15世紀末
バハラームは宮殿の中に秘密の部屋を見つけ錠を開けさせて中に入ると金銀に装飾された壁には多くの絵が飾られ、とりわけ美しい七人の美女の肖像画が掛けられていた。
・インド王の娘フーラク
・中国の皇帝の娘ヤグマー・ナーズ
・ホラズム王の娘ナーズ・パリ―
・スラブ王の娘ナスリーン・ヌーシュ
・マグリブ王の娘アーザルユーン
・ビザンチン皇帝の娘フマーイ―
・サーサーン朝ペルシア王家の娘ドゥルスティー
それらの絵の横に一人の王子の絵が描かれていて、その上にはこのように書かれていた。「七つの星が定めるところによれば、この世界征服者があらわれるとき、七つの領域から七人の王女が選ばれて、彼は貴い真珠のように彼女らを抱くであろう (岡田恵美子 訳) 。」

狩りをするバハラーム 細密写本 部分
16世紀中頃
父王が亡くなり傍系の者が王位に就いたためにバハラームはイェーメン王の援助を受け兵を挙げて迫った。その簒奪者から王位など望まず狩りなどの好きな事をするなら終生援助は約束するという書簡が来た。これに対してバハラームは自分が正当なジャムシードの直系であることを主張し、明け方二頭の獅子の間に王冠を置いておくように返事を書いた。彼は二頭の獅子を投げ倒して王冠を被り自らの力量を示した。簒奪者や人々は彼を支配者として認めて称えるのだった。
こうして王となったバハラームは飢饉でも穀物庫を開いて民衆の飢えを救うなどの善政を行い名声を高めていった。 この豊かな国に目を付けたのは三十万の恐るべき射手を擁した中国の皇帝だった。これに対してバハラームは王国を代理の者に委ね、自分は狩りにうつつを抜かしていると見せかけて相手を油断させ、敵の内情を探った。彼は総勢三百騎の手勢で中国軍に夜討ちをかける。暁が東天に太陽の剣を抜き打ち、大空に曙光が現れた時、地上に血の川と数知れぬ敵の首が浮いていた。
王座を安定させたバハラームはかつてのイェーメンの宮殿に飾られた七つの肖像を思い出し、ペルシア、中国、ビザンチン、マグリブ、ホラズム、スラブ、インドの王や皇帝に宝物を贈り朝貢を行い七人の王女を得た。建築家スィムナールの弟子であったシーダは七つの色の丸屋根を持つ御殿を作ってご覧にいれたいと提案する。七天を巡る星のように一週間を御殿と同じ色の服を着て美女のお相手をお受け下さいという。御殿の丸屋根のそれぞれの色はこのようになっている。
土曜 麝香のような黒
日曜 太陽の黄金色
月曜 月の傾く緑色
火曜 回転を表す赤色
水曜 幸運のトルコ色
木曜 白檀色 (黄褐色)
金曜 金星の表情のような白色
四日目の火曜日に第四地域の王女は赤い衣に身を包んでこんな話を王に聞かせた。

火曜の赤の御殿 細密写本 部分 16世紀
ロシアにはあらゆる技芸、秘奥、魔法に精通した王女がおりました。彼女は高い山頂に城塞を作らせ、彼女を望む男たちに野望を挫いた。その城門は城塞に融け込んで見分けることが出来ない。彼女は自分肖像画を描かせて傍らにこう書かせた。
・一 夫となる者は名高く美男であること。・二 塞にいたる道での魔法を解くこと。・三 見出し難い門扉を示し中に入ること。・四 都の父の宮殿で自分の難問に答えること。それを満足させる者は我が夫であるという。一人の気高い青年が王女の絵姿と結婚への情熱に駆られたが冷静だった。彼はある老賢者に仕え、秘策を得ることに成功する。彼は霊力を身に着けるために赤い服を着て、それを血で染めた。それは城塞の前で首を切り落された幾人もの若者の復習のための手段ともなった。血の衣は城塞への道で仕掛けられた魔法を封じ、城壁に着くとそれを鞭打って音の反響で門の位置を探った。こうして若者は都での王女の質問に答える。王女は耳たぶから二つの真珠を取り出して待女に渡し、若者に届けさせた。それは、あなたの命は後二日という謎であり、若者は三つの真珠を加えて、例え五日でもすぐに過ぎるという返事をよこした。王女は五つの真珠をすり潰し砂糖を加えて返すと、若者はそれに乳をかけて再び返した。すり潰した真珠と砂糖は穢れた命のように呪文や錬金術でも、もはや分けられないという謎、しかし、若者はそれに乳をかけて砂糖を融かし真珠を残した。こうして難問に答えた若者に王女に自分の指輪を与え、若者は唯一無比の真珠を王女に送った。王女は自分の首飾りからそれに匹敵する真珠を贈り、若者は二つの真珠の間に玻璃の玉を置いて糸を通した。二人は互いに認め合い結ばれる。
七つの塔を巡りながら酒色にふけるうちに腹黒い宰相によって不正が行われ、国庫は空にされ兵士もいなくなった。その裏切り者は中国の皇帝と手を組んでこの国を手に入れようとしたのである。中国軍が迫っても財も兵士もなかった。狩りに出たバハラームは一匹の犬が木に吊るされているのを見た。聞けば狼と交わる見返りに番をしていた羊を賄賂として食べさせていたのだという。こうして宰相に対する疑念が生まれ、彼は王宮門前で絞首刑に処せられた。すると中国軍は引き返し皇帝からは悪辣な宰相の言葉に乗った自分の浅はかさを詫びる書簡が送られてきたのである。
バハラームはある日、この世の美女の館を去って不滅の場所へ赴けという知性のささやきを聞く。狩りに出ると一頭の野ロバが現れ、それを追うと洞窟にたどり着き、その中に馬を乗りいれた。洞窟の入り口は閉じられ兵士たちは王を探し出すことが出来ない。バハラームの母は山のような黄金をばらまいて穴の周囲を掘らせたが、バハラーム・グールの洞窟と呼ばれる多数の穴だけが残った。

土曜 黒色の宮殿 細密写本 16世紀

日曜 金色の宮殿 細密写本 16世紀

月曜 緑色の宮殿 細密写本 16世紀

火曜 赤色の宮殿 細密写本 16世紀

水曜 トルコ色の宮殿 細密写本 16世紀

木曜 白檀色 (黄褐色) の宮殿 細密写本 16世紀

金曜 白色の宮殿 細密写本 16世紀

アッタール『鳥の言葉』黒柳恒男 訳
7世紀以降のアラブ・イスラム軍の侵攻によってサーサン朝は滅びイランは2世紀余りに亘ってアラブの支配下に置かれる。国教はゾロアスター教からイスラム教へと改宗され、アラビア語も使用されるようになった。しかし、国語は中世ペルシア語を受け継いで近代化していった。それはホラーサーン地方を支配したサーマーン朝で発展を遂げる。ペルシア詩人の父とされるルーダーキー、ロマン詩人のニザーミ―、『王書 (シャー・ナーメ) 』のフェルドウスィー、四行詩のオマール・ハイヤーム、教訓詩人サアディ―、神秘主義詩人ルーミー、抒情詩人ハーフィズらの偉大な詩人が登場する。神秘主義詩人の中に、アッタールがいた。
このアッタールについてもほとんど何も分かっていないが出身地はニーシャープ―ルであることは、はっきりしている。詩人で学者でもあった15世紀のジャーミーは、幼いルーミーが家族と共にバルフから西方に逃げる途中ニーシャープ―ルで老齢のアッタールが自作の詩『神秘の書』をルーミーに贈ったのではないかとしている。ルーミーにはこの有名な詩句があった。
アッタールは彼 (神秘主義) の魂、サナーイーはその両眼
われはサナーイーとアッタールの跡を追えり
ジャーミーはアッタールの生年については触れず、114歳でタタール (モンゴル族) の手にかかって殉教したとしている。だか、恐らく生年は12世紀半ば、没年は13世紀前半、80歳前後で亡くなったとみていい。アッタールは本来「香料商、薬種屋」を意味しており、彼が托鉢僧でも純粋の神秘主義者でもなく薬種屋と医者をしながら詩を作ったのではないかと推測されている。
さて、本書『鳥の言葉』はスーフィズム道を目指す鳥たちがあれこれと会議を行う様子を描いた詩である。国に王がいないことを愁い、世の果てに住む霊鳥スィーモルグ (自我消滅の象徴) を王として迎えるためにヤツガシラを導師として30羽の鳥たちが長い苦難の旅に出るというもので一部のみご紹介する。

『鳥の言葉』岩の上で発議する導師ヤツガシラ 細密写本 1600年頃

ヤツガシラ
他の鳥がヤツガシラに言った、「私は死を恐れる/谷は遠くにあり、私には旅の食糧もない/私の心はあまりにも死を恐れているので/私は最初の宿場で死んでしまいましょう/たとえ私が最も偉大な長官だとしても/死神が訪れたら、私は惨めに死にましょう/死神から一撃をくらうものはだれでも/剣も折れ、腕も砕かれましょう/ああ、哀れ、腕と剣のこの世から手に/残るのは悲哀だけとは、ああ、哀れ」黒柳恒男 訳

金子民雄『ルバイヤートの謎』
オマール・ハイヤーム (1048-1131) の詩集『ルバイヤート』は寸鉄人を刺す鋭い警句で知られる四行詩で、四行詩を意味する「ルバーイイ」の複数形である。イギリスの詩人エドワード・フィッツジェラルドの英語への翻訳で一躍有名になった。
法官 (ムフティ) よ、マギイ (司祭) の酒にこれほど酔っても
おれの心はなおたしかだよ、君よりも。
君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う、
吸血の罪はどちらか
(小川亮作 訳)
一方で、こんな詩もある。
いつまでも一生うぬぼれておれよう、
有る無しの議論などにふけっておれよう ?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしすごしたがよかろう !
(小川亮作 訳)
当時、東方イスラムを支配していたトゥクリル・ベグを頂点とするセルジュク族はイスラム教に改宗し、極端なイスラム法が厳格に行われていた。つまり寛政の改革のように世の中は息詰まり状態だった。そんな中、ハイヤームは天文学者としてセルジュク朝のスルタンであるマリク・シャー一世に仕えながら、影でこんな詩を作っていたのである。


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