Art of Combination
Anima-l
Op.1
2013-2014
91cm×73cm
AN-1
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Op.2
2013-2014
73cm×91cm
AN-2
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Op.3
2013-2014
117cm×91cm
AN-3
購入について/Regarding Perchase
Op.5
2013-2014
117cm×91cm
AN-5
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Op.4
2013-2014
53cm×45.5cm
AN-4
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Another Human Being/分身
Op.1
2015
73cm×91cm
AH-1
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Op.2
2016 91cm×73cm
AH-2
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Op.3
2015 53cm×65cm
AH-3
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Op.5*
2015-2016 73cm×51.5cm
AH-5
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Production materials/制作素材
基底材 綿キャンバスに和紙 アクリル下地
* パネルに紙 アクリル下地
絵具 オリジナル絵具(天然樹脂、油、蜜蝋)油彩
Original paint (made from resin, oil and beewax), Oil, Acryl
Japanese paper on cotton
*Paper on panel
ANIMA-L & Another Human Being/アニマ-ルと分身
2013-2014 アニマ-ル 駆動エンジンとしての魂
2015年だったと思うけれど広島市の郊外にアトリエをお貸しいただいた。すぐ近くに動物園があった。子供が小さいなうちは、よく、そこへ連れて行ったものだけれど、50過ぎても何となく動物たちには心惹かれ、心浮き立つ。
そのせいで、さっそく訪れて動物たちにお近づきになったのだが、ついでに写真もいくつか撮って作品の材料にすることにした。その頃は、自分で撮った写真をCGで加工して画像を作り、それを絵画に起こすという作業をしていた。こんな感じのデジタル画像です。
その画像をもとに絵画化していく過程は我ながら楽しいものだったのである。
「知るという活動は、美しくまた貴いものの一つであるが、しかし、その厳密さという観点から、あるいはその対象がいっそう善いもので、より驚嘆すべきものであるということによって、ある知は別の知よりもいっそう美しく、また貴いものであると考える」と、アリストテレスは述べた(『魂について』中畑正志 訳)。そのある知とは魂のことである。デモクリトスは球状の原子が火であり魂であるとし、ピュタゴラス派の人々と同じようにアナサゴラスも魂が自分自身を動かすものであると考えた。
一方で、魂が存在するものの認識や感覚の起源と考えた人たちもいる。エンペドクレスは、魂がすべての基本要素から構成され、その基本要それぞれも魂であると考え、プラトンは、似たものは似たものによって知られ、各事物は諸々の始原から構成されると考えた。数が基本要素からなっていることから類推して、動きを引き起こし、認識しうるということを考え合わせれば、魂とは「自己自身を動かす数である」と表明した人もいた。動く物ならぬ動く数なのである。
ギリシア語の魂=プシュケーは、中世になってアニマと呼ばれるようになり、後になってユングは、人間の心の女性原理をアニマと名付け、男性原理をアニムスと呼んだけれど、それらは、人間の想像力の一つの源のように考えていた。
魂は動きの駆動力であり、認識の源であり、想像力の根源のひとつであるということになる。面白いのは、ウィリアム・ブレイクが人間は四つのゾア(動物)であり、そのうちの彼がロスという存在に代表させたのは、芸術的想像力であったことである(土屋繁子『ヴィジョンのひずみーブレイクの四人のゾア』)。
2015-2017 分身
ブレイクの『四人のゾア』は、10年に亘って手を加えられたが、ついに未完に終わった。それは、彼のヴィジョンによって描かれようとした預言書あるいは、詩的神話と言ってよかった。他に『エルサレム』、『ミルトン』、『最後の審判の幻想』といった予言書群がある。この『四人のゾア』は、人間のヴィジョンの堕落、回復への努力、アポカリプスという三段構成になっている。
四人のゾアとは、本能を担うサーマス、情熱のオーク、理性のユリゼン、想像力のロスを指していて、彼らには、アニムスに対するアニマのように女性的分身として、それぞれイーニオン、ヴェイラ、アヘイニア、エニサーモンが登場し、それらが統合されてアルビオンという人間になるのである。
男性性 女性性
本能 サーマス‥‥‥‥‥イーニオン
情熱 ルヴァ(オーク)‥‥ヴェイラ
理性 ユリゼン‥‥‥‥‥アヘイニア
想像力 アーソナ(ロス)‥エニサーモン
この統合された人間であるアルビオンの堕落は、父なる力であるサーマスが女性的分身イーニオンの嫉妬によって、それぞれ水と大地として分離されることから始まる。これによって統一された黄金時代は終わりを告げる。銀の時代にはオークに仮託されるルヴァの堕落、真鍮の時代にはユリゼンの堕落と支配の時代となりアルビオンは眠りにつきユリゼンは神と自称する。この間、アルビオンは物質的世界で神に背をむけることになる。続く鉄の時代は、死のような無限の陰画のような世界であり、何も生み出されることがない。このような閉鎖的状態から想像力であるロスが積極的役割を演じるようになるのである。
最終話では聖餐のパンと葡萄酒が作られるように人間は圧しつぶされ、粉のように挽かれるアポカリプスが起こり、やがて、復活が到来し、「輝かしい祝宴」となる。
神道では魂は、和魂(にぎみたま)、奇魂(くしみたま)、荒魂(あらみたま)、幸魂(さちみたま)と分けられているが、ここでも人間は、四重の存在の統合である。
人間は、三脳生物だと、グルジェフは強調したけれど、それは理性の大脳、運動の小脳、本能の脳幹とよんで良いかもしれない。ブレイクは、それらよりも芸術的想像力を強調した。社会を彫刻するには、可塑的創造力が必要としたのはボイスだったが、それには想像力は不可欠だった。
こうしてみるとブレイクの預言書は、人間とは何か、魂とは何かということに関して示唆に富む作品と言えるのではないだろうか。ちなみに下の図はヤコブ・ベーメの第三原理における宇宙図である。そこには光と闇(悪)の世界から抜け出そうとする三重の人間の姿が描かれている。