
『宇津保物語』(実践女子大学・実践女子大学短期大学部図書館所蔵)
良岑行政、帰国して帝に拝謁する。
出典: 国書データベース
今回の夜稿百話+α は、前回の『宇津保物語』の内容の続きを概略を述べながら小説家・中上健次(なかがみ けんじ/1946-1992)が、この『宇津保物語』をベースとして描いた同名の小説を挟んでご紹介したいと思っている。1978年と翌年に雑誌『海』に「北山のうつほ」、「あて宮」、「吉野」、「吹上」、「梨壺」が、1982年に「波斯風の琴」が掲載されたものだが、単行本にはなっていない。
『宇津保物語』は不思議な物語である。主要なテーマは三つある。part1でご紹介した俊蔭 (としかげ) を中心とした霊琴の物語がその一つで、いわば『古宇津保』と呼ぶべき異国と異界を中心とする物語であった。それに「貴宮 (あてみや) 」巻を巡る求婚譚。そして「国譲り」巻を中心とした政争の物語である。
貴宮への求愛物語は、霊琴の物語とは対照的に平安京の都市生活にみられるあらゆる階層の人々の型がリアルに描かれている。左大将・源正頼の娘である九の君である貴宮は絶世の美女であり、プッチーニのオペラに登場するトゥーランドットのようなクールビューティーなのだが、彼女をめぐるにぎやかな求婚譚は竹取物語を連想させる。
そして「国譲り」巻では東宮の擁立を中心とした源氏と藤原氏との政争の物語であり、これも宮中行事の詳しい描写や下層階級を含めた人びとの生き生きとした生活とともに描かれている。
琴と恋と政治が描かれているのである。だが、その面白さにもかかわらず物語の構成に問題を残しているのは研究者の指摘するところである。複数の物語が合成されているのだが、それはスムースに繋ぎ合わされておらず、一つの物語とは言えないような体裁になっているのだ。だが、そのブリコラージュぶりが妙に気を引くのである。

貴宮 (あてみや) の求婚者たち
大納言左大将藤原正頼は藤原の君と呼ばれ帝の信任も厚く技芸に優れていた。嵯峨帝の女一宮 (大宮) と太政大臣の一人娘を迎えて多くの子女を儲けたが中でも九女貴宮 (あてみや) は美貌並びなく多くの上達部や親王たちから求婚された。
貴宮をめぐってしのぎを削る求婚者たちは実に多彩である。妻を捨てて顧みない宰相・源実忠 (さねただ) 、貴宮の略奪計画を立てるも逆に罠に落ちる上野の宮 (かんずけのみや) 、屋敷に畑まで作って財産を増やそうとする守銭奴の三春高基、貴宮の弟の笛の師・良岑行政 (よしみね ゆきまさ) 、肉親の妹・貴宮に恋する異父兄仲澄 (なかずみ) 、継母の陰謀によって出家した忠こそ、右近少将・源仲頼、60歳になる太宰の大弐 (だいに) 滋野真菅 (しげののますげ) 、嵯峨院のご落胤・源涼 (すずし) 、貧乏ゆえに笑いものにされながら勧学院で学ぶ藤原季英 (すえふさ) 通称藤英 (とうえい) 、俊蔭の孫でこの物語の主人公、仲忠 (なかただ) 自身、そして、仲忠の父である藤原兼雅 (かねまさ) 。このような人々の紹介の記述が、いちいちあるのだから話が長くなるのは止むをえまい。
歴史の研究者たち、例えば石母田正 (いしもだ しょう) によれば、これら求婚者たちが、この時代の貴族社会内部の多様な階層、多様な種類の人間を代表させるものであり、堂上の顕貴の人びとから零落しつつある下級の貴族、地方官、僧侶、窮迫した学生、富裕な地方長官らまでもが描かれているという。さらに周辺の枝葉な人物として述べられている無頼の徒、侍女や召使い等まで数えるならば、平安京の都市生活で遭遇し得るあらゆる層の人間がそれぞれの役割をもって描かれている。
そういった人物たちが作者によって厳しく選別されているわけではなく、文学的効果を上げているわけでもないが、求婚者を同一の生活意識を持つ限られた階層に求めなかったことがこの物語に別な魅力を与えたというのである。それは、異なった生活条件のあるところ、異なった人間の型があり、その認識がこの物語をして単なる求婚譚や政治の話ではなく平安中期の複雑な人間の集合である都市生活の生きいきした包括的表現たらしめたというのである(石母田正『宇津保物語についての覚書』)。
やがて、11世紀半ばに成立する庶民のエネルギーの躍動を描いた藤原明衡 (あきひら) の『新猿楽記』や12世紀の『伴大納言絵詞』が登場する。

『伴大納言絵巻』舎人の子と出納の子の喧嘩
『古宇津保』というべき「俊蔭」の話は、強烈な異界の物語であったが、その孫の仲忠の代になって貴族社会の生活を描いたなかにも、ふっと小さな異界が登場する。貴宮 (あてみや) の略奪計画を立てる上野 (かんづけ) の宮の話では、東山で御堂供養の法会をするための下稽古を大がかりですると噂をたて、そこに牛車でやって来た貴宮を奪い取る計画であった。だが、それは貴宮の父である左大将の知るところとなり、貴宮のかわりに器量のよい下仕えの娘が貴宮の身代わりとなって上野の宮に奪われることになる。
この車を奪う場面は、『源氏物語』「葵」巻の車争いのシーンのヒントにされたのではないかと言われているが、七日七夜の祝宴の後に偽物だとは気付かれず歌など交わしているのである。つまり、現実の世界では低い身分の偽貴宮は上野の宮の世界では高貴な貴宮に変貌してしまうのである。
うつほ物語のブルータリティ
日本文学の研究者である竹原崇雄 (たけはら たかお) は、『宇津保物語の成立と構造』の中で、『今昔物語』を本歌取りして『芋粥』などの作品を書いた芥川龍之介が、『今昔物語』を「ブルータリティ」・「野生の美」と評したが、『宇津保物語』の世界には貴族的な教養を備えながらも野生の面影をなお残した純粋で素朴な力が支配していると述べている。この野性の問題は、中上健次(なかがみ けんじ)の同名の小説のなかでより一層はっきりと、そして翳りを以って描かれることとなるのである。

高山文彦『エレクトラ』
中上健次の評伝としても読み物
としても素晴らしい。
中上健次は1946年和歌山県の新宮市に生まれる。彼の故郷は「路地」と呼ばれた。そこは被差別部落と呼ばれた地である。そこを知らない人々にとっては、〈彼岸〉である。正確に言えば、「路地」の外の人々によって構成される〈社会〉が作り出した〈彼岸〉である。私たちがそこを〈彼岸〉と見るのは、たんにそこが〈霊魂の集うところ〉〈よみがえりの地〉、あるいは〈人間の外にある者たちの里〉を意味するだけでなく、一般社会にはありえない、もうひとつの自立した〈国家〉や〈社会〉があるのかもしれないという願望を含んでいるという。(高山文彦『エレクトラ』)
自らが、その出自である被差別部落について書き始めるようになった時、「半島では、ほどほど中庸がない。なにもかもむき出しである。貧困は貧困のまま、日本的自然の帰結である差別は差別のまま、被差別は被差別のまま(『美しさを越えて映える半島』)」と述べる。「路地」は育まれた自然と差別・被差別という連関の中で、解明され解体されなければならないものだというのである(永島貴吉『中上健次小伝』)。
中上はエッセイ『宇津保物語と現代』の中で「『宇津保物語』が私に刺激を与える一つには、これが治者の文学であってしまうことである」と述べている。この物語は、うつほということを通して、楽と政 (まつりごと) は一体だということを闡明にしている。芸事である琴が政治と密着している。摂関政治が婚姻関係を軸にしているなら、さらに性と楽と政は混交しているように見えるという。『宇津保物語』は治者の文学と呼んでもさしつかえないというのである。

パンソリ 釜山文化センター
僕が中上という人に興味を持ったのは朝鮮半島の民俗芸能であるパンソリに耽溺していたというのを知ってからだった。この17世紀ころから発展したと言われる庶民の芸能は朝鮮半島南部のムーダン (世襲の巫女) による祭祀において、巫楽の伴奏とともに歌い語られる祈祷歌が原型といわれる野生の楽である。中上は、『宇津保物語』を換骨奪胎して自分の20世紀の、『宇津保物語』を書いた時、まさに野性と楽と性を書いたのである。宇津保は京都の北山にはなく、山深い熊野の北山に移されている。紀州熊野。
『路地(故郷)』と『ウツホ』

『中上健次全集』12 未完小説集1
「宇津保物語」収録
政 (まつりごと) の一環として演奏される場にある琴。そうでありながらも、その音が血を連想させる。ここには、うつほという空洞が、琴という楽器の空洞であり、母の膣であり、母の胎であるということの穏喩として描かれているのである。そこには古代世界の長閑さから縄文世界のごとき野性へと遡及していく視点が闡明にされる。さらに中上は、こう述べる。
「幻は統る御人がいなければ地に這い高みにのぼることが出来ず魑魅魍魎となって広がる。それが空洞のあった北山であったし、俊蔭が波斯国(はしこく)で体験したことだった。音は精霊としてではなく物の怨霊として鳴る。物音は眼とも鼻ともつかない形で仲忠が琴を奏でると空気の中に集まり爪が弦に触れるや音に固まり弾け出して表われ、天に駆けのぼり地を這う(『宇津保物語』)。」
この濃厚な文体でリアルに描かれる新たな『宇津保物語』を、時に深い暗黒が覆う。神武以来、敗れ続けて闇に沈んだ国・紀州。ここには、神話の得体のしれない深い闇の部分が厳然と存在してはいないだろうか。神話は、けっして長閑で大らかな側面ばかりではない。霊異の世界・熊野。隠国(こもりく)。
カナダの文学研究者ノースロップ・フライは、文学の統合原理は神話と穏喩だと言ったけれど(『ダブル・ヴィジョン』)、中上にとっても神話は彼の小説の中での統合原理であったろう。中上は以下のように述べている。

『中上健次』別冊太陽
「中上健次は『路地 (故郷) 』を
『ウツホ』に例えた。」(斉藤環)
「確かに藤原仲忠の物語は原物語が、そうであるようにみなし児(原物語では13歳まで父が不明な子)、私生児であり、これは私の『枯木灘』の主人公 秋幸や『鳳仙花』のフサも共通だが主人公が物語に登場する以前、聖痕のようにその死、再生、不死というものを経過している故に堕ちた神人として人を感動させたり共感させたりするものなら『宇津保物語』は、うつほに生きた子である仲忠が最初から親 (ママ) であるように、子として味わったであろう不如意を描いていない。物語の不思議としか言いようがない。それゆえに輝いていると言える。」(『宇津保物語と現代』)
蔵開と国譲
貴宮は東宮 (皇太子) に嫁ぐことが決まった。実忠は気を失い、兼雅は長谷寺に祈願したが霊験なく、太宰の師の滋野真菅は身分を省みず朝廷に愁訴して流罪、失意の仲頼は出家、三春高基は狂気のうちに屋敷に火を放ち山に籠る。仲澄 (なかずみ) は悶絶するも祈祷によって蘇生するが、貴宮からの文を飲み込んで息絶える。藤壺と呼ばれるようになったその貴宮は、東宮の寵愛を一身に受け男子を出産するが、他の親王妃たちの嫉妬を一身に集めることとなる。ここまでが「貴宮」に関わる内容である。
「蔵開」巻は中納言となり、やがて右大将となる仲忠が旧邸にあった祖父俊蔭の蔵を開けることからはじまる。仲忠は朱雀帝の長女である女一宮を娶っていて無事にいぬ宮という女子を授かった。この巻では、藤壺(貴宮)が兄の祐澄 (すけずみ) と対話する中で、亡くなった兄仲澄に心動かされていたこと、東宮との関係は心安らかなものではなく、仲忠とその妻の女一宮との関係が羨ましいと述懐するのである。

「国譲」巻では、仲忠の異母妹である梨壺も東宮の皇子を生んで、朱雀帝の譲位後、東宮が今上帝となるに及んで、その皇太子の立坊に世間の関心は移って行った。朱雀帝の中宮であった后の宮 (きさいのみや) は兄の太政大臣である忠雅や兼雅 (梨壺の父) に梨壺 (仲忠の異母妹) の子の立坊を働きかけるように持ちかけるが、結局、藤壺の子が東宮として選ばれる。これが藤壺側の源氏と梨壺側の藤原氏との政争の内容となるのである。
光源氏が光り輝く君でありながらその恋の過ちに終生暗い影を落とすのとは対照的に、この『宇津保物語』では、仲忠の男映えが爽快さを以って描かれていく。この仲忠とやはり琴の名手であった涼 (すずし) とどちらが、いい男かという議論は、この物語を愛する宮中の人々、とりわけ女性たちの間で、後々まで続いたようで、円融院の時代に涼 (すずし/嵯峨院のご落胤) を押す親王方と仲忠を贔屓する女一宮方との論争にまで発展した。それで、藤原公任が意見を聞かれて歌を詠んだという話が伝えられている。清少納言は自らの出自が清原氏であり、仲忠の祖父俊蔭 (としかげ) が清原氏であったことからか、だんぜん仲忠ファンであって、それを中宮定子にからかわれたりしている。
堕ちた神人
神の前身が人であり、人間として生を得て、やがて流離・困憊(こんぱい)の極を味わい、あるいは死の解脱によってはじめて転生して神となることができるという古代以来の信仰が、この神人の背後にはある。貴い出自の堕ちた神人という意識は、僕が part1「籠りと神器」で書いたように貴種流離譚としての原『宇津保物語』の内容を思い出させるし、熊野に関して言えば小栗判官の『餓鬼阿弥蘇生譚』を連想させる。
貴い身分のはずの仲忠とその母は、京都北山にある樹のうつほで暮らさなければならなかったが、貴族の身分にやがて戻る。加えて、この物語では、身分の低い偽貴宮が高貴な貴宮に成りおおせるという変容もある。伝記作者の高山文彦がいう中上の故郷〈彼岸〉とは、誰もが貴種であるはずの人間の「死・再生・不死の起きる場所」、つまり〈異界〉であり、物語の元型をなぞる場所である。そして、フォークナ―の小説にある町ジェファスンのように作家が統べる「仮想の場所」、作家が治者となるアナザー・ワールドでもあった。中上は、故郷=〈此岸〉に対峙し家族を見つめ、それをモデルとして小説を書くことによって、この〈彼岸〉と〈此岸〉というダブル・ヴィジョンの間に橋を架けた。こうして、彼は神話という無底の世界に浮かんで差別被差別を見つめたのである。中上はこう書いている。
「考えてみれば芸能・芸術の一切はうつほから出て来る。一切合財はそこから生みだされ、外に出るのだ。うつほを別の言葉で言ってみれば被差別空間となる。それは宗教と性と暴力と、そんなものが混交した場所であり、それがさらに神話の持っている意味だとしたら、何もかもある。」(中上健次『宇津保物語と現代』)
夜稿百話 関連リンク
第26話 翁とはなにか
第63話 黒田日出男『謎解き 伴大納言絵巻』


うつほ物語 ①
俊蔭 藤原の君 忠こそ 春日詣で 嵯峨の院 吹上上 祭の使 吹上下

うつほ物語 ②
菊の宴 あて宮 内侍のかみ 沖つ白波 蔵開上 蔵開中 蔵開下

うつほ物語 ③
国譲上 国譲中 国譲下 楼の上上
楼の上下

藤原明衡『新猿楽記』川口久雄 訳注
平安後期の学者で漢詩もよくした藤原明衡(ふじわら あきひら 989-1066)が書いた『新猿楽記』には、猿楽が以下のように広くとらえられている。陀羅尼を唱えて散楽を行う咒師(ずし)、儒侏儛(ひきうとまい)、田祭りの神楽である田楽、人形劇の傀儡子(くぐつまわし)、大陸渡りの奇術・幻術の類である唐術、玉取の曲芸である品球、鼓を糸の上で回転させる曲芸の輪鼓(りんご)、柔軟な身体を見せる大道芸でお馴染みの骨無(ほねなし)、それから「福広聖の袈裟求(もとめ)」「妙高尼襁褓乞(むつぎこい/おむつを欲しがること)」などの狂言のたぐい、それらをすべて指している。これは広い意味での猿楽をいうのだろう。そして、猿楽には「神代」起源のものと「仏在所」伝来のものとの区別があるようだが、大道芸などを伴う音楽である散楽が仏在所つまり大陸伝来であることを考えると仏教行事と猿楽との関わりも考える必要がある。

高山文彦『エレクトラ』
中上健次の評伝である。高山文彦は1958年生まれ。法政大学文学部中退。『火花 』で大宅壮一及び講談社ノンフィクション賞を受賞している。著書に『少年A 14歳の肖像』『水平記 松本治一郎と部落解放運動の100年』『鬼降る森』『ミラコロ』などがある。この『エレクトラ』は評伝としても、読み物としても良くできていると思う。
中上健次は1946年和歌山県の新宮市に生まれる。その故郷は「路地」と呼ばれた。母方で言えば三男、父方で長男、育った家庭では次男という極めて複雑な家庭環境の中で育った。母の連れ子であったが実子として分け隔てなく育てられた。だが、酒を飲んで暴れる異父兄は大きな衝撃と不安をもたらしたという。12歳の時にその兄も首つり自殺する。この兄の死によって姉の一人も精神に失調をきたすようになった。後に「世界は/いつまでも/ギリシア悲劇を上演している(『海へ』)」と書いた。この兄の死と息子として認知しなかった実の父に対する複雑な感情が、彼の小説への情念を形成していったのかもしれない。
中上は、故郷に愛も憎しみも憧れも郷愁も、そして小説の題材としても、全てを注ぎ込んでいった。同時に、そこはアメリカの作家、ウィリアム・フォークナーの小説『アブサロム アブサロム ! 』に登場する主人公トマス・サトペンのような流れ者が奸計を弄して成り上がり、破滅していくような人物のイメージを膨らますことのできる場所でもあった。ちなみに、この小説の巻末には、その舞台となったヨナクパートファ州ジェファスンという架空の町の詳細な地図が載っていて、町の面積、白人と黒人のそれぞれの人口が記され、こう書き添えられていた。「ウィリアム・フォークナーを唯一の所有者とする」場所。中上はこのユーモアと神のような視座に驚きと憧れを感じたという。フォークナーは、くり返し、この町と同一人物が登場する小説を書き、人はそれらを「ヨナクパートファ・サーガ(物語群)」と呼んだというのである。中上の故郷を中心とした小説群を紀州サーガと呼ぶ人もいる。

中上健次『エッセイ選集』「宇津保物語と現代」収載
ここでは「音の人 折口信夫」からご紹介する。中上は折口信夫のどこを切っても金太郎飴みたいに同じだと述べている。どう細切れにしてもそれぞれが磁石のN極のように北を指しているということらしい。どの方向かというと、言葉の内側へ分け入って『うつほ』なら「うつむろ」「うつはた」「うつぼ」「うつせみ」のようにUやTSやHなどに聞き入り続けるという方向である。そこが、縄文でもなく旧石器時代でもない折口の古代だというのだ。その面白味は音が言(こと)であり、言が同時に魂(たま)であり霊であり、物であるという言葉の還流に身を置いていることから来るという。
音がマグマのように蠢(うごめ)いている世界に分け入って、これも言える、あれも言えるとして、言の葉の貴種流離を言わけしてくれる。言葉を細かく切って行って何もなくなるのではなく、先のものが次々動き出して行って、別のものとくっついて行く、そういう要素を持っている方が豊かなのだと言う。それが、折口の健康であり、強さであり、読む者をわくわくさせる源だと。それは万葉時代の歌人が隣に坐っていて、自分に何か語りかけてくれるような、そんな豊かな気持ちにさせてくれると言うのである。そうなのだ。おっしゃるとおりである。中上氏を僕といっしょくたにするのは失礼ながら、我々は、ずっとこの金太郎飴を味わい続けていたいと思うのである。

ノースロップ・フライ『ダブル・ヴィジョン』
『ダブル・ヴィジョン』はフライの最後の著作である。ダブル・ヴィジョンとは、フライの愛するウィリアム・ブレイクの述べたこの言葉による。「内なる眼で見れば白髪まじりの老人であり、外なる眼でみれば、行く手をさえぎるアザミだ。」この本には、こう述べられている。「過去50年間にわたって私は文学を研究してきた。文学における統合原理とは神話と隠喩である。神話とは語り(ストーリー)あるいは物語(ナラティヴ)であり、隠喩とは比喩の言語である(江田孝臣 訳)。」これは重要な指摘であると思える。

宮澤萌未『うつほ物語 子ども流離譚』
本書は『うつほ物語』の流離譚を登場する子供たちを通して扱っている。歌や文中の言葉から解き明かすケースが多い。最後の「結」ではこのように述べられている。『うつほ物語』の前半は、登場人物が繋ぎ合わされ集約されていく様が描かれるが、子供たちとっては逆に一家離散の憂き目にあうのである。後半になると、あて宮求婚譚の中で実忠らの犠牲になった子供たちが宮中、実忠邸、兼雅邸、季明邸などに迎えられる。そこで登場するのは、この分散した子供たちのいる屋敷を繋ぐために働く文使いの童たちである。『うつほ物語』このように人々の分散→集約→分散という流れがあり、その中での子供たちの動きが特徴だという。
子どもの流離と受難というストーリーは中世以降、子供の受難の大きなテーマとなっているのではないかという。『うつほ物語』は、そのようなテーマを開拓したのではないかというのである。『小栗判官』の照手姫、『山椒大夫』の厨子王丸と安寿、『身毒丸』の身毒丸、とりわけ『愛宕の若』の話は継母の横恋慕を拒んだことによって、窃盗の濡衣を着せられ滝に身を投げるという話で、『うつほ物語』の出家する忠こその話にかなり近いのである。

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