


右 沓掛良彦『カスタリアの泉に汲んで』
九日
うすくこく霧たちこむる日永をかこちつつあれば
ひとりにくゆる端脳 (ずいのう) もきえはてにけり
佳節 (かせつ) はまた重陽となりぬ
玉の枕 うすぎぬのとばり
みにしみ透 (とほ) る夜半のすずしさ
黄昏の後の東の籬に酒をくめば
よるの香はそでにたまりぬ
さびしからずといはずもあらなむ
すだれうごかしあき風吹きて
人は黄菊の花よりも痩せたり
李清照『酔花陰』より 中田勇次郎 訳
くゆるようにうすく霧がかかるかと思えば雲のように濃く立ち込める、そんなひねもすをかこっていて端脳 (龍脳) の香が金獣の香炉の中で燃え尽きる。世間では、また目出度くも重陽の節句が巡って来ているというのに愛する夫(ひと)との別離が私を悲秋の色に染める‥‥
閨の中の玉の枕には薄絹の蚊帳を通して夜の冷気が忍び寄ってくる。西に日が沈み暗闇が迫る東の籬近くに独り酒を汲むとほのかな菊の香りが袖に満ちる。心はさみしさに削りとられはしないなんて言わないでください。西風が簾を巻き上げると、そこにはあの黄色の菊に似てやせ細った私がいるのですから。
今回の流風一詩は、先週広島の出版社・大和プレスさんから送られてきた著書の一つ、古今東西の女性詩人を紹介する沓掛良彦『カスタリアの泉に汲んで』から中国随一の女性詩人と謳われた李清照の作品をご紹介する。アポロンとムーサを祀るデルフォイにはカスタリアの泉があり、その水は詩のインスピレーションを授けるとされてきた。
どうも以前、四方田さんの著作『人形を畏れる』を出版されたようで僕がギャラリー・トークに四方田さんに広島に来ていただいたのを喜んでくださったようです。その四方田さんの本と吉田昌太郎『オルガの木靴』を併せて三冊をご恵送いただいた。あらためて感謝いたします。
中国随一の女性詩人の生涯
李清照は北宋の末、1084年に斉州 (山東省) に生まれた。父は蘇軾とも交わりがあり「蘇門後四学士」の一人とされる文学者であった李格非、母は代々宋の要職にあった家系の出身で文才と教養に溢れた人だった。李清照は幼い頃から詩文に親しみ、やがて詩や詞を作り始めた。母もまた、それらに巧みだったと言われる。詞とは既存の音楽に合わせて歌詞を創作するもので填詞 (てんし) と呼ばれる文芸である。1101年、十八歳で三歳年上の趙明誠 (ちょうめいせい) に嫁いだ。当時は、まだ太学生だったらしいが後に古代の青銅器や石刻碑の文・画を研究する金石学の泰斗となった人だ。30巻に及ぶ『金石碑文集』を著している。二人は琴瑟相和する連理の枝だった。夫の研究を助け詩詞の創作を続けている。結婚生活は幸福に彩られていた。
北宋は王安石の改革派と司馬光や蘇軾の旧法派との対立が先鋭化し、政治に関わる家族の内にもその軋みは波及していた。政局は混乱し始め、やがて、宋は金との戦いに敗れ1127年、中原を追われて江南に下った。夫妻もまた長江を超えたが、生活は困窮する。二年後に夫は、知事の職を得て単身湖州に赴いたが、その年の八月あっけなく客死してしまった。ここから、彼女の苦難が始まるのである。二人が蒐集した金石のコレクションと文献は戦火に追われ転々と続いた転居の過程で失われ、家族の喪失と離別、老後の流離は彼女の詩のトーンを一挙に暗いものに変貌させてしまう。
朱淑真と魚玄機
朱熹は、「本朝の婦人で文を能くするのは李易安 (清照) と魏夫人あるのみ」と述べたという。魏夫人とは新法派の政治家で宰相の地位にまで上り詰めた曾布(そうふ) の夫人である魏玩 (ぎがん) のことで清照より44歳年上の北宋の時代の人である。彼女もまた己の孤独をエレガントに表現したことで知られる上流階級の女性だった。『カスタリアの泉に汲んで』に紹介されるマリー・ド・フランス、クリスティーヌ・ド・ピザンは宮廷に関わる中世のやはり上流の女性たちだが、ルネサンス期に活躍したルイーズ・ラべやガスパラ・スタンパたちは富商の妻や娘であり、この時期には、そんな階級の女流詩人たちが登場している。南宋の朱淑真もまたそのような女性であったという。
彼女は「幽棲居士」自称した繊細な作品で知られる詩人で『断腸詩集十巻』があるとされる。清照より四、五歳年長だった。後に紹介するが清照の『声声慢』という作品に通じる詩があるのでご紹介する。
秋雨 枕前に滴りて 夜長く
夢 成り難き処 転 (うた) た凄涼 (せいりょう) なり
芭蕉の葉上 梧桐の裏 (うち)
点点 声声 声断腸
破綻に瀕した夫婦生活は閨の孤独の内に秋の長雨が滴る音が点々と聞こえて断腸の思いを味合うという。清照の孤独とは似て非なる感情が詠われている。
彼女たちとは異質の出自を持つ詩人が晩唐の魚玄機である。この女性詩人は長安の里家、つまり芸者屋の娘として生まれ、幼くして詩才をあらわし温庭筠に指導を受けた詩妓であって、その美貌は国を傾ける天上のものと謳われた。まだ十代の彼女は温の若い友人だった李億という高級官僚に身請けされ妾として家に入れられた。彼女は李億を深く愛したが任地への旅の途中で捨てられる悲劇に見舞われる。こうして彼女もまた「閨怨 (けいえん) 」の詩人と化したのである。その詩には、男に捨てられたルイーズ・ラべと同じく激しい熱情を鎮めかねる思いが詩句に託されている。
送別 魚玄機
其の一
愛の楼閣で幾夜も愛を語りあい心の奥底から私の願いは叶ったのに
仙界の人のようにあなたと別れの日がこようとは思いもしなかった
目覚めても彼は雲の去り行く処にいるなどとは言わないでください
消え残った一灯にはかなくも舞いまわる蛾が私です
其の二
水は器に従い姿を変えて形にさだまりがないように
無心に流れる雲のようにあなたも再び帰っては来ない
春風薫る楚の川が深い恨みと悲しみに暮れてゆく
あの鴛鴦が一羽だけ群れを失って飛んでいきます
送別 魚玄機
其の一
秦楼 (しんろう) 幾夜か心期 (しんき) に愜 (かな) う
不料 (はから) ざりき仙郎 (せんろう) に別離有らんとは
睡 (ねむ) り覚めて言う莫 (なか) れ雲の去る処 (ところ) と
残灯 (ざんとう) 一醆 (いっさん) 野蛾 (やが )飛ぶ
其の二
水は柔 (じゅう) にして器に逐 (したが) い定まり難きを知り
雲は無心に出でて肯 (あ) えて再び帰らんや
惆悵 (ちゅうちょう) す春風 (しゅんぷう) 楚江 (そこう) の暮 (くれ)
鴛鴦 (えんおう )一隻 (いっせき) 群れを失って飛ぶ
ちなみに、ルイーズ・ラべにはこのような激しい詩句があるとは沓掛氏の指摘である。
生きながらにして死に、火と燃えながら水に溺れるわたし、
身も凍る冷たさに耐えつつも、なお灼熱に喘ぐ、
‥‥
(沓掛良彦 訳)


森鴎外には、「魚玄機が人を殺して獄に下った」で始まる、その名も『魚玄機』(青空文庫) という小説があり、彼女が離縁された様子がこう述べられている。
「李には妻がある。妻は夫の動作が常に異なるのを見て、その去住に意を注いだ。そして僮僕に啗 (くら ) わしめて、玄機の林亭にいることを知った。夫妻は反目した。ある日岳父が婿の家に来て李を面責し、李は遂に玄機を逐 (お) うことを誓った。
李は林亭に往って、玄機に魚家に帰ることを勧めた。しかし魚は聴かなかった。縦令 (たとえ) 二親は寛仮 (寛容に処す) するにしても、女伴 (じょはん/だたの連れの女) の侮を受けるに堪えないと云うのである。そこで李は兼て交っていた道士趙錬師を請待して、玄機の身の上を託した。玄機が咸宜観 (かんぎかん) に入って女道士になったのは、こうした因縁である。」
どうも魚玄機が道観で待女の綠翹 (りょくぎょう) を殺害して刑死したのは事実のようだ。
中国では良き詩は良き官僚のものであって士大夫層の優れた嗜みであってみれば、そこに女性の割り込む隙は無かったのである。それも激情を抑えて事を詠うのが極上の詩人とされた中で、魚玄機のようにある種の奔放さを表出して優れた詩人とされる人も稀といわなければならないのである。
声声慢
声声慢 李清照
尋ね求めつづけても何も見つからず、周囲はただ冷え冷えと怜悧なほどの静寂の他に何もない、寂しさのうえに寂しさが、惨めさのうえに惨めさが、痛ましさのうえに痛ましさがいやましていく。忽ち暖かくなるかと思えばまた寒い、こんな時節に体の養生はなし難い。うす酒を二、三杯飲んだところで明け方吹きつける風に成す術もない。ただでさえ悲しく見上げる空に故郷の消息をもたらすという雁が幸せだったあの頃と同じように過ぎて行く。
一面、黄色の花が憔悴したように枯れてうずたかく積み重なり、今はもう、わたしのために摘み取ってくれる人もいない。窓辺に佇み続けて一人で暗くなるまで過ごす時をいったいどうしたらよいのやら。どうやら梧桐の葉に細い雨が降りかかり、黄昏になっても点々と遅く流れる時のように雫を滴たらせている。いったい、「愁い」の一言でこんな私の身の上をとうてい片付けることが出来るだろうか。
声声慢 李清照
尋し尋し 覓 (もと) め覓 (もと) めて、冷冷たり 淸淸たり、凄凄たり 慘慘 (ざんざん) たり 戚戚 (せきせき) たり
乍 (たちま) ち暖かく還 (ま) た寒き時候、最も將息 (しょうそく/養生) し難し
三杯兩盞 (りょうさん) の淡酒、怎 (いか) で他 (か) の暁来 (ぎょうらい) の風の急なるに敵 (てき) せん
雁過ぎぬ、正に傷心するに、却 (かえ) って是れ旧時の相識なり
滿地 (まんち) の黄花 (こうか) 堆積し、憔悴し損 (つく) す、如今 (じょこん) 誰か摘むに堪(た)うる有らん
窗兒 (そうじ/窓) を守りて、獨り自ら怎 (いか) でか黒くなるを得ん
梧桐更に細雨を兼ね、黄昏 (こうこん) に到るまで、點點滴滴 (てんてんてきてき)
這 (こ) の次第、怎( いか) でか一箇の「愁」の字にて了 (お) わり得ん
この詞は、彼女が金の侵略によって故郷を追われ、最愛の夫・趙明誠(ちょうめいせい)と死別したのち、孤独と失意の中で晩年を過ごしていた時期に詠まれたものとされている。声声慢とは語の一音一音をゆっくりと引き延ばすメロディーを指すらしい。詞の詞たる所以のタイトルとなっている。一方で、尋尋覓覓 (じんじんべきべき) 、冷冷淸淸 (れいれいせいせい) 、凄凄慘慘戚戚 (せいせいさんさんせきせき) といった中国文学史上でも稀といわれる冒頭の「畳字」は圧倒的な音楽性を以て伝わってくる。ここにあるのは若い頃の薔薇色だった時を過ぎて全てを失い老残の身の上の哀愁といったらステレオタイプだろうか。
沓掛氏の愛する式子内親王の歌には、こんな女性の哀感が詠われるものがある。
哀れ哀れおもへばかなしついの果て 忍ぶべき人たれとなき身を
李清照と陶淵明の酒
李清照は易安居士と号した。陶淵明の『帰去来の辞』にある「審容膝之易安/膝を容 (い) るの安んじ易きを審 (つまび) らかにす」の詩句から引かれているらしい。役所勤めを辞めて帰郷した自分の部屋は膝を容れるほどに狭いという意味で、それでも自分の居場所だとある。酒と閑居とがある種のテーマになっているのだが、淵明の閑居に対して彼女のそれは孤独の哀切が伴う。

陶 淵明(365-427) 伝周文 室町
冒頭にご紹介した清照の「九日」は九月九日の重九の節句を詠っている。この日は長寿を願って菊の花びらを酒杯に浮かべて飲む。陶淵明にも菊と酒で知られる有名な「菊を采る東籬の下」と詠まれた『飲酒 其の五』あるが、この節句に因んだ『九日閑居』という詩もあって素晴らしい。「人の命は短く思うところは常に多い。酒は憂さを掃い、菊は人の衰えを止どめる。ボロ屋の主は空しく時運の傾くのを手をつかねて眺めていて、盃は酒に見限られて塵が積もっている。仕方なしに独り心の好むままに体を揺すって歌いだせば胸の奥の感情が果てしなく沸き起こる。」おおよそこんな詩だ。
李清照もまた酒に載せて己が果てしない感情をメロディーのように紡ぎ出している。しかし、『九日』が、さみしさを秋の気配の中に包み込んで抒情的に歌うなら『声声慢』の畳みかける重い言葉が紡ぎ出す世界にあるのは悲壮な世界だけである。隠遁生活の中の楽しみなどはない。
だが、石川啄木二十二歳はこう詠ったという。「‥‥淵明の飲みし所の酒、其の味は苦かりしならん焉。酒に酔うは苦き味に酔うなり。酔うあまり、口を開きて哄笑す。哄笑と号泣と、識らず。いずれか是れ真に惨 (いた) ましき (『日記』) 。」
李清照が老残の孤独を哄笑し得たかのかどうか‥‥私は知らない。

沓掛良彦『恍惚惨人詩話 カスタリアの泉に汲んで―古典詩の記憶から』
プロローグよりご紹介するが、この文章には涙を禁じ得ない。
「この世に生を享けて以来実に八〇余年、生きて世にあるよろこびよりもむしろ生の悲哀を感じ、少なからぬ人々との交わりを持ちながらも、ずっと心の奥底では孤独を噛みしめて生きてきた身にとって、この世でわずかな慰めは古今の詩や歌を読むことであった。‥‥どういうわけか自分の生まれた時代との折り合いが悪く、生まれてきたことを呪い、『荘子』の言う『幽憂之病』に悩み、常に自分は世に容れられぬ人間だとの疎外感を抱き続けてきたわたしのような人間にとって、古代・中世の世界こそが唯一のやすらぎを得られる場であった。‥‥」
そして、末尾あたりにはこう書かれている。
「国民挙げてスマホ狂いで、読書人というものが地を払って消え失せた観がある現在のこの国で、古典詩への関心から、あるいは何かの出来心か勘違いで、ふと本書を手にしてしまう世にも奇特な読者が一人でも多くいることを心ひそかに冀うばかりである。」
このプロローグを目にして僕は喜んで奇特な者の一人になったのである。

新修中国詩人選集1『陶淵明 寒山』
石川啄木の陶淵明に関する日記は本書の陶淵明「解説」の中に記されている。

四方田犬彦『人形を畏れる』
大和プレスからお送りいただいた著作。

『石上の李清照』崔鏏 (さいすい) 清 部分

陶淵明 作者不詳 清

マリー・ド・フランス
中世フランスの女性詩人。12世紀後半にイギリス宮廷で詩作やラテン文学の翻訳を行ったとされる。

クリスティーヌ・ド・ピザン
(1365頃-1430)
ヨーロッパ最初の女性職業詩人と言われ、パリの宮廷で活躍した。『薔薇の言葉』で『薔薇物語』の作者の一人であるジャン・ド・マンの女性蔑視を批判したことでも知られる。
夜稿百話関連リンク
第13話 薔薇物語

ガスパラ・スタンパ (1523-1554) 作者不詳 1554
イタリア・ルネサンス期の最も偉大な女性詩人といわれる。コラルティーノ・ディ・コラルト伯爵との恋愛を契機にその詩的世界は展開する。




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